意図せずして浅井長政巡り〜……まったく関係ないんだけど、
長政って名前多いよね(笑)

姉川。

姉川古戦場跡地の碑と慰霊碑及び説明書き。
関ヶ原方面からR365を走ってくると、川の直前で道が分かれ、2本並んでる橋の旧道の方の橋の袂に慰霊碑がありました。図入りの解説がとっても解り易くてナイス♪
ここから小谷城までは10kmほどです。横山城までは3kmないと思う。この距離を小谷城まで撤退していった浅井の心情はいかほどなんでしょうね。夕暮れが物悲しかったです。
ちなみにここから長浜城までは8kmぐらいですが、姉川の戦いの時はまだ存在してません。
戦に勝って小谷城を賜った秀吉が不便だからと、水路も陸路も使える便利な今浜に新しく城を造り、信長から一字貰って長浜と名を改めたのが今の長浜城です。
うん、後でも書くけど、小谷城の立地凄すぎ。あれじゃ不便だわ…でもお陰で姉川の合戦後3年は守れたけど。そう考えると山城の堅固さはやっぱり優れてるのよね。
姉川から15分掛からずに小谷山の麓に到着。駐車場にあった看板を確認すると、どうも上まで車で行けるらしい。でも「松食虫の被害の為、車両立入禁止」の札が。2kmも登山するの嫌だ…と思ってたら降りてくる車がいるではないですか!
レッツゴー☆

城址までの登山道。
車一台が通れる道が2km続きます。崖側にずーっと桜と紅葉の並木が植えられていて、紅葉がとっても綺麗でしたよ〜♪で、車で登って行った訳ですが、何人かはちゃんと歩いてました。けど、上まで着いてみたら少し広くなった場所に車がズラリと路駐してありました。ここが一応終点で、駐車場も兼ねてるらしいです。管理人らしきオジサンが2人いたけど、特に注意するわけでもなく普通に管理…見張り?してました(^^;)

終点の駐車場横にあった地図。
この写真見ながら探索してきました〜…見て解るとおり、更に登山です。

手始めに金吾丸跡へ。登ってみたけど特にはなんも無し。
遠くに見える琵琶湖の景色が美しかった…。ここが見張り場だったんでしょうか。

馬洗い池。

赤尾屋敷跡。

赤尾屋敷跡にある長政公自刃之地の碑。

桜馬場。夕日に浮かぶ紅葉がもう…(*´Д`)

桜馬場にある浅井一族供養塔。

大広間。

大広間の突き当たりに見えている本丸の石垣。
結局、時間的問題と体力で、本丸跡地の上までしか登れませんでしたorz
せめて山王丸跡地までは行きたかったな…。
馬洗い池は、こんな山の上なのに!と思うほど豊富に水をたたえてました。山城にとっては水は貴重品ですから、きっと重宝したんでしょうね。
赤尾屋敷跡へはちょっと道をそれて林の奥深くに分け入って行くんですが、その分かれ道のトコにあった標識に…「浅井長政ファンの聖地」って文字が…聖地って…笑い半分に云うのはいいけど、書かれると萎えるorz
ところで自刃の地って事は、これをお墓として捉えても良いものなんでしょうか?
供養塔とは別にこうしてあるのだから、単なる碑として考えるのも何となく…ねぇ。
大広間は、本当に広かったです。こんな山奥でこれだけのスペースを確保する為に、どんだけ整備してどんな建物が建ってたのかちょっと気になりました(笑)
山の起伏を利用して、うまく作ってあるもんだなぁと本丸の石垣や武家屋敷跡の石組みとか見ながら、革めて山城の巧みさと重要性に気づいてみたり。
でもやっぱり山城は体力的にキツイ〜orz
麓の駐車場から直ぐ見えるトコに、浅井の菩提寺である小谷寺がありました。

夕暮れ間近だったのでおどろおどろしく見える…でも、こじんまりとした立派なお寺でしたよ〜。

小谷城戦国歴史資料館。
ぶっちゃけ、百名城スタンプ押してる人以外行かなくても良いような気がする資料館。資料少ないよ…というより、閑古鳥鳴きすぎ…(--;)
こっちよりは浅井歴史民俗資料館の方が観光地化してるので、お土産その他希望の方はお薦めします。でも自分は浅井の方には行った事ないんですけどね(苦笑)
撮影:07.11.24
参考サイト:
湖北町観光案内 長浜観光協会