☆佐和山主従お墓参り☆in京都編…って感じでしょうか(苦笑)
まずは
大徳寺三玄院から。

大徳寺の案内図…広いねぇ…。でも案内図からはすぐでした。

三玄院入り口到着。

中には入れないって知ってはいたけど、やっぱり切ないですな…。
けど、それだけ今も大切に供養されているという事は嬉しいですよね。
年に数回の公開日にうまく来れれば拝観出来るんですけどね〜そればっかりは出羽者なので難しいです(苦笑)
院の前で手を合わせてご冥福をお祈りしてきました。
で、次は
立本寺教法院ですね。
大徳寺からは北野天満宮の横を通って南下。10分ぐらいの場所です。道が細いので注意。

立本寺正門。敷地内を通ってすぐに裏口から出る(苦笑)
教法院墓所は裏の小道挟んだ場所にあります。

墓所入り口の碑。「関ヶ原大軍師 島左近」ですって(笑)
管理人さんが居たので、ここでも場所を教えて頂きました。ありがとうございます♪

墓碑の表と裏。
奈良より感慨が薄いのは何故?墓石が妙に大きいから?下の土葬って文字にドン引きしたから?(苦笑)土葬といってもお墓自体3回ほど移転してるそうなので、下にちゃんとナニが埋まってるかは不明です。
そして問題の裏書き。
寛永9年6月26日没。1632年ですね。これが左近が関ヶ原後生き延びて大往生(90↑も生きれば大往生でしょ)した説の出所。位牌も残ってるそうなんですが、位牌はどうも後世に作られたものなので信憑性は薄し。生き延びた…んでしょうか?
個人的には、大阪の陣で左近の名前が出なかった時点で納得できねー!という心境なので、めちゃめちゃ私情ですが関ヶ原没説推します(苦笑)
けど、もし生きてても大阪の陣の時には75歳のおじいちゃんなので、無理といえば無理(^^;) それに、三成に恩や義理はあっても、豊臣に対しての恩や義理はない!三成以外の大名にもうこれ以上は仕える気はない!というのも有かなとは思う…んですけどね。ゴニョゴニョ
それにしても、この二人の墓ってば結構多いですよね。
左近は後は…長崎だっけ?三成は高野山と秋田と…もっとあったような気がする。
長崎は無理として、秋田だったら雪さえ融ければ…ええ、行く気満々です(笑)
時間があまりなくてお墓参りしか出来なかったので、今度はゆっくりと京都に来たいです(^^;)
撮影:07.11.26