戦国武将石田三成を中心に、史跡巡りと戦国小説・資料等の紹介。西軍贔屓で凄絶に偏ってます♪
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Author:藤之宮悠生。
生息地:出羽庄内藩
趣味:日帰りドライブ
    (往復約600km圏内)
座右の銘:あるがままに。

戦国無双2から戦国時代&武将に興味を持ったので凄絶に西軍贔屓。
無双武将では石田三成、島左近、真田幸村、前田慶次…+イカ(酷)
モ武将&史実武将では佐竹義宣、結城秀康、小西行長、大谷吉継、羽柴秀長、真田信幸、伊達政宗、池田輝政、上杉景勝、宇喜多秀家…増えてるし(苦笑)


普段から道の駅スタンプラリーで走り回ってるので、それに史跡巡りを足したため大変な事に。最近行動範囲がかなり広がってきた。
その分ガソリン代がイタイデス…orz

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せっかく春日山城まで行くんだったら、ついでに鮫ヶ尾城址も行っとけー!という訳で予定を組んでたんですが、本来なら一泊した次の日の早朝に鮫ヶ尾城址→春日山城と行く予定だったのに、予定外に前日の長野巡りが早く終ってしまい、4時半にはホテルに到着。でもってホテルから鮫ヶ尾城址は車で10分。天気も良いし日暮れまでには下山(その言葉の時点でおかしい)出来るだろうって事で即決行。
鮫ヶ尾城址に登る入り口が、斐太歴史の里という公園の中にあるのでまずはそこへ移動。
登山道を探していると帰り支度をしている売店のおばさんに声をかけられる。
今から登る旨を伝えると、一度閉めた売店内から城址の配布資料とレモリアを一本持ってきてくれて頂いてしまいました。ありがとうおばさん!頑張って登ってきますね!

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まずは案内地図でチェック。……現在地が地図からはみだしてる。

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地図に載ってた最初の土塁跡の手前の辺り。
ヤバイ、絶対ヤバイ。でも行くしかない。てか行くけどね!(苦笑)

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この本丸あと5分、が大嘘で、急な山道10分強でした。でもって林の中は部分的に真っ暗。
夕方の山は色んな意味でヤバイ。あーでも寧ろ誰も居ない方が女性には安全か(^^;)

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景虎清水。よく見ると茶碗やコップがおいてあるんですが…遠慮させて下さい。

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けっこう道が入り組んでいます。ちなみに搦手へ向かったら、多分二ノ丸付近だと思うんですが途中で道が消えてましたorz

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諦めて三ノ丸方面に足を向けたら井戸に到着。
井戸の横から山の裏側方面の町へ向かう細い道が続いてたけど、これが搦手への道なのかな?
でも山奥へ向かっているので却下。今から行ったら日が落ちて遭難するわ。

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標識まで戻って大手道方面に向かおうとしたら、大きな深い堀切にぶちあたる。
向こう側へ行くにはロープを伝って一旦下に降りてまた登る…無理。戻ってくる時に軽く死ねる。体力が残ってて元気な時にリベンジ希望。

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やっと本丸跡到着。良い感じに夕暮れです。城下が見えるのかと思えば、手前の連なる小山の林が邪魔で見通しはあまり良くないです。山奥にポツンとある感じ。
こんな寂しい場所にある城で、追い詰められた景虎は自刃したんですね。

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大手道側とは逆の米倉側に降りようとしたら、またしても巨大な堀切が。
向こう側に見えるのが米倉の碑だろうな〜とは思いつつも、これ降りたらもう登りたくない、という気持ちの方が勝って、堀切の中をそのまま歩いて下の道に辿り着き、そのまま下山。時間も無くてあまり探索出来なかったので、正味1時間ぐらいでした。
要塞としてはかなり堅固な城だったんだろうな〜というのは、あの堀切の規模の大きさと数で想像がつきます。そのまま立て篭もればもしかしたら北条へ逃げる機会も見出せたのでは?と思えるぐらいですが、城将の堀江氏が裏切って火を放ったために落城。そのまま廃城となった悲運の城です。
とりあえず、全部探索するには午前中から登った方が良いな、と思ったので、また今度再訪したいです。基本、山歩きは好きなんで。


参考サイト:妙高市公式サイト斐太歴史の里
撮影:08.05.06

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

米沢にある林泉寺の大元のお寺、上越の春日山林泉寺。
謙信公の御墓参りに寄らせて頂きました。

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林泉寺総門。春日山城門の唯一の現存門です。

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山門。謙信公建立の山門は江戸末期に地震で焼失。これは大正時代に再建されたもの。
謙信公直筆の文字を大額にした「春日山」と「第一義」の二つが掲げられています。

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ではいざ御墓参りへ。

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まずは、上杉の後に越後に移封になった堀秀治公へご挨拶。
米問題でこの人の恨み買ったんだっけ…。ってそんな認識要らない?(苦笑)

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川中島戦死者供養塔。
ここに立ち寄る前日にちょうど川中島に居たので、なんだか感慨深いです。

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上杉謙信公墓所。
米沢ではすでに神様扱いなので、こうして普通に墓石として存在するのが不思議な感じがします。
それでもやっとここまで辿り着く事が出来ました。次は信玄公だわね(笑)

帰りがけに宝物館も見学したんですが、これがまぁお宝の山で(笑)謙信公縁の物から仏像や甲冑等等、大変眼福させて頂きました♪



でもって春日山城の100名城スタンプをゲットする為に、ものがたり館へ移動〜

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春日山城から車で5分ほど北東へ移動した場所にあるものがたり館。建物の脇には城址広場が広がっていて、空掘、水堀、木柵、土塁が発掘復元されいます。
って、ここまで敷地内ってどんだけ広い城郭だったんですかΣ( ̄□ ̄;)
ものがたり館は無料で、パネルの展示とビデオ上映してますので立ち寄ってみて下さいな。

他にも、上越市埋蔵文化センターが大手道入り口の直ぐ近くにあって、現在風林火山展を秋までやってますので興味のある方は立ち寄ってみても楽しいかと。学芸員の方々の作業風景も窓越しに見学できます。
春日山城→林泉寺→ものがたり館→埋蔵文化センターと周って約3時間半。
とっても楽しいひと時でした♪
まぁその間、林泉寺でもものがたり館でも誰一人として会いませんでしたが…春日山城ですら3人…ぶっちゃけ寂しいですorz


参考サイト:上越市観光HP
撮影:08.05.07

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

上杉謙信公の居城として有名な春日山城。天気にも恵まれて早朝から行って参りました♪
まずは車を春日山神社の駐車場に停めて、歩いて大手道入り口まで戻って地図をゲット。

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この大手道入り口や駐車場、林泉寺、ものがたり館等色んな所に小さなポストがあって、この春日山城巡りのMAPを手に入れることが出来ます。多少大雑把に書かれてるので距離感はまったく当てになりませんでしたが、裏面のチェックポイントと共に大変役に立ちました。

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左:大手道入り口とポスト。
右:その近くにある御前清水。朝から水汲みの人がいっぱい来てました。美味しかったです♪

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アヤメの咲き誇る田んぼ道を進むと、復元された大手道に辿り着きました。100mぐらいで終了。

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田んぼのど真ん中に突如として現われる番所跡の小山。

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二箇所目の復元大手道。この辺は屋敷跡なんだろうな〜という段になった小曲輪の横を通って柿崎屋敷のトコまで続いています。

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左:南三ノ丸跡。畑の横にぽつんとあります。というか、城の畑だった場所です(笑)
右:三ノ丸横から謙信公が祈祷をしたなんとかって社に続く道…無理、行きたくないですorz

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左:柿崎和泉守屋敷跡。右:その敷地内にある城内唯一の貯水池跡。

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この辺から細い道が入り組んでくる。とりあえず景勝屋敷跡へGO。

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道の先は急な段差になっていて、真下に柿崎屋敷跡が見えました。3、4mはあるかな。

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鐘楼台跡。見過ごしそうな場所にあるので注意。

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直径が8m近くもある大井戸。現在も水が湧き出ています。
この横に天守裏側の油流しといわれる急斜面があるんですが、この辺からクマ蜂の集団に襲われ、逃げながら撮り歩いたので写真がブレブレで泣く泣くボツにorz

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やっと本丸到着!って、右の写真に蜂が写り込んでる…(苦笑)

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天守閣からの城下の眺め。
見晴らし良いなぁ…てか高いなぁ…でもってここまで誰一人として会わなかったよ。
ここから一旦真下の二ノ丸に下ります。

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二ノ丸屋敷跡と笹井戸。
本丸の盾になるように帯状に建てられた屋敷跡で、警護の要の場所だったみたいです。台所っても書かれてるから厨もあったのかな?

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二ノ丸から続く帯曲輪と縦掘。深い渓谷のようです。
ここから更に三ノ丸方面に下って行きます。

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今も残る、米倉を守るように積まれた土塁跡。

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三郎景虎屋敷と米倉の辺り全部を含めて、三ノ丸屋敷跡、と呼ぶそうです。
三郎景虎は、いわずと知れた御館の乱のもう一人の主人公ですね。個人的には景勝贔屓なのでコメントしづらいんですが、ぶっちゃけ北条に帰るか景勝を立てて臣に下るかした方が良かったんじゃ…と思ってしまうんですよね。歳が上で才能も人望もあったのだろうけど、それでも血縁は重いし、才能も人望も決して景勝も劣ってはいなかったのだから、謙信公の元に引き取られた年数を考慮しても景虎が引くべきだったんじゃないかなと。いや、単なる戯言です。流してください(^^;)
(にしても、説明板に小説炎の蜃気楼で人気を博し〜って…んな事書くな!(呆然))

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気を取り直して帯曲輪へと戻り、更に上の毘沙門堂方面へ移動。

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左上から順番に、護摩堂、諏訪堂、不識院址、毘沙門堂。
護摩堂は、戦勝や息災を祈祷した場所だそうです。諏訪堂はよく解りません(苦笑)
不識院址は、多分この辺に不識院(謙信公)が住まう場所があったのだろう、という場所だそうです。
ちなみに毘沙門堂の左隣りになります。
毘沙門堂は、謙信公が信仰していた神様を安置したお堂で、戦前にはお堂に篭ってたそうな。
実際はもう少し本丸寄りの場所にあったみたいですが。
この辺でも再びクマ蜂の襲撃に合い、説明がうろ覚え〜orz

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毘沙門堂から一段下がった場所にあるお花畑。
なんてメルヘンな名前なんだと思ったら、どうも薬草園だったらしい。

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本日の個人的メイン、イカ屋敷…基、直江兼続屋敷跡。
右はもう一つ下の曲輪から見上げた景色。自然の地形を活かしてる為か、小さな曲輪が幾つも段になっているのがあちこちに見られます。
ここから謙信公の元には近いけど、景勝の元へはちょっと遠い気がしないでもない。
それでも千貫門のすぐ上にあるって事は重要地点の守りの場所でもあるし、大手道側には柿崎屋敷が守りとして配置してあるので、利に適ってる配置ではあるんだろうな。まぁ直江が屋敷貰ったのは結婚後らしいし。それまでは側近として景勝屋敷に居たとしてもおかしくないか。

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千貫門跡。春日山神社側から登ってくると、ここが入り口の門になるのかな。

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千貫門のすぐ上に作られた2本の大きな堀切。

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左:堀切の左側。奥は崖へ。
右:堀切の右側の中から、千貫門から直江屋敷へ通じる虎口を見上げた図。

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春日山神社に到着〜謙信公の像にもご挨拶。

所要時間、1時間45分。のんびり周ってたからこんなもんかな?
お屋敷跡や黒金門跡は、坂道降りるのが嫌で断念しました(苦笑)
次回、蚊と毛虫と蜂のいない時季にリベンジしたいと思います。うん、本当に虫との格闘の時間だったんだ。何匹地図で叩き落とした事か…(遠い目)
これから訪問される方は、日焼けと虫除け対策必須ですよ〜あと飲み物と(笑)


参考サイト:上越市観光HP
撮影日:08.05.07

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

こんな近場に100名城のひとつがあった事を、100名城の本読むまで知りませんでしたorz
そんな訳で行ってみました新発田城。景勝に対して謀反を起こした人の城…ぐらいしか知りませんゴメンナサイ(苦笑)

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駐車場から見た三層櫓(復元)と外堀。3匹の鯱が印象的です。

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旧二ノ丸隅櫓。海鼠壁と切り込みはぎの雁行の石垣が見事です。

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食違虎口状の土橋門跡と帯曲輪の土塁。

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土橋門跡。この土塁の残り方にはちょっとテンション上がる(笑)

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本丸表門。現存門で、中にも入れます。

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左:二ノ丸隅櫓。右:辰巳櫓(復元)中はプチ資料館になってます。

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辰巳櫓から眺めた三層櫓。

上の写真見て解るとおり、三層櫓へは行けません。何故なら、自衛隊駐屯地の中にあるからなんですね。外から見たらなんて立派な城址なんだーって思っても、実際はハリボテのように外側しかない。内側は全部自衛隊駐屯地…ナンテコッタイ( ̄▽ ̄;)
表門くぐって20mほどで塀が張り巡らされ、向こう側へは行けもしないし見ることも出来ません。土橋門で上がったテンション返せ(苦笑)でもまぁ三層櫓以外は全部見学可能です。
三層櫓には、年に数回小中学生の課外授業でのみ見学できるそうな。一般公開日の予定は…?
城址の復元はかなりのものなんですが、展示資料の関係が少なすぎてちょっと残念でした。
その辺が今後の課題ですと管理の人も云ってたし。
ともあれ石垣だけでも一見の価値ありなので、菖蒲の季節にでも訪問してみて下さいな。

参考サイト:新発田城
撮影:08.05.07

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

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