戦国武将石田三成を中心に、史跡巡りと戦国小説・資料等の紹介。西軍贔屓で凄絶に偏ってます♪
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Author:藤之宮悠生。
生息地:出羽庄内藩
趣味:日帰りドライブ
    (往復約600km圏内)
座右の銘:あるがままに。

戦国無双2から戦国時代&武将に興味を持ったので凄絶に西軍贔屓。
無双武将では石田三成、島左近、真田幸村、前田慶次…+イカ(酷)
モ武将&史実武将では佐竹義宣、結城秀康、小西行長、大谷吉継、羽柴秀長、真田信幸、伊達政宗、池田輝政、上杉景勝、宇喜多秀家…増えてるし(苦笑)


普段から道の駅スタンプラリーで走り回ってるので、それに史跡巡りを足したため大変な事に。最近行動範囲がかなり広がってきた。
その分ガソリン代がイタイデス…orz

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真田巡り、最後は真田信幸(信之)の墓所巡りです。
いや、これが最大の目的だったのよ実は(笑)信幸兄ちゃん大好きです♪
信幸は関ヶ原での親子決別の時に改名して信之になりました。個人的には真田三代としての結束の固い親子像が印象深いので、あえて『信幸』の表記にしてあります。だからどっちでも間違いじゃないんですよ〜っと。って誰に言い訳してるんだ自分?(笑)

長国寺
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松代真田藩主代々の菩提寺です。
海津城からは車で5分。車1台がやっとで通れる古い住宅街の奥にあるので要注意。

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真田信幸霊屋。左:表門。右:宝殿。
通常はこの表門の所までしか見学できませんが、社務にご挨拶して300円支払うと中に入れます。中には信幸の宝殿の他に、4代藩主信弘の霊屋と、歴代藩主の墓所もありますので、どうせ行くならそこまで見学してきましょう。ちなみに+800円で宝殿の中まで見られるそうです。私たちは今回は諦めましたが、信幸夫婦の位牌が納められているそうな。
ところでこの宝殿、どこぞで既視感が……ああ、政宗の霊廟か。あっちほど度派手ではないけれど、霊屋ってこういうもんなんでしょうか…唐破風っていうらしいけど、ってハデだろやっぱり(苦笑)
ちなみに建立は1660年ですが、昭和55年に解体復元したものです。

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宝殿の奥にある、歴代藩主の御墓の入り口。

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信幸の御墓。鳥居って…神様昇格ですか?

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左:幸村・大助の供養碑。弟親子ですな。
右:昌幸・幸隆・信綱の供養碑。父&伯父さんズですな。

他にもずらっと歴代藩主の墓石が並んでいて、荘厳な感じがします。
真田一族が好きな方はぜひとも訪問してみて下さい。



大鋒寺
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大鋒寺は、信幸の隠居所書院跡に建てられたお寺で、『大鋒』は信幸の院号です。
場所は山本勘助の御墓の近くで、ここもまた住宅街の一角な上に道路が泣きたくなるほど狭い!
車3台でお見合いしちゃって他人の敷地内に逃げ込んだよ…orz

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真田信幸霊屋。
93歳の天寿をまっとうした(すげー)信幸の遺言で隠居所は大鋒寺となり、書院のあった場所に霊屋を建てたそうです。中には信幸が信仰していた阿弥陀三尊が本尊として納められています。

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信幸の墓所。
この時代には珍しく、信幸は荼毘に付され、その灰塚に建てられた墓碑だそうです。
って事はこちらが本当の御墓なんですね。ぶっちゃけこの時代の武将のお墓は分骨分骨であちこちにあるから、こうして正確に判明しているのは嬉しいです。

沼田、上田、松代と移封してきた信幸の終焉の地。
父と弟を豊臣方で失い、一人徳川方で生き延びた彼の心境とはどれほど苦しいものだったのでしょうか。それを支え続けた稲姫(小松姫)。彼の遺志を継ぎ、真田家の歴史を守り通した子孫達。彼ら一族の結束には興味が尽きません。
って事で次は沼田城と名胡桃城のある群馬攻略が目標かな(笑)



善光寺
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何故に善光寺?と思われるかもしれませんが、自分でもびっくりですよ。
単に謙信公と信玄公の位牌が見られるらしいよ〜との情報に足を運んでみただけなのに、こんなの見つけちゃいました。

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真田家古塔。
歴代の藩主である真田家が善光寺を手厚く保護してきた証なんだそうです。
場所は写真の本堂の真裏の辺り。躑躅の散歩道を歩いていたら偶然見つけました。
これは…どうせなら挨拶していけって呼ばれたかな?(笑)

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オマケで善光寺大勧進宝物殿の庭にあった表大門の旧鬼瓦。よく見ると武田菱紋なんですよ。
さすがに武田に縁のある地だけのことはあるわ。
ちなみに宝物殿ですが、あの英雄二人の位牌はもちろんですが、お薦めは様々な時代のその時々の権力者が、善光寺に送った書が一面に張られた屏風です。
私は羽柴秀長と豊臣秀頼、さらには一休和尚を見つけました(笑)古いと平安時代の物からありましたが、もしかしたらご贔屓の武将の書が見つかるかもしれませんよ〜♪

更にオマケ。
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宝物殿前の池で甲羅干しする亀達。一匹だけスッポンが混じってるの見つけられますか?(笑)

そんな訳で、一泊二日の真田巡りはこれにて終了。大変有意義な真田漬けでした(笑)
感想としては、真田家全般が好きなら長野巡りは楽しいかと。ただ、幸村ファンなら九度山か大阪の方が史跡が多く残ってるのでそっちの方が良いと思います。昌幸と信幸のファンなら断然こっち(笑)
それプラス、やっぱり群馬も行かないとダメでしょ群馬!休みの調整難しいけど、この勢いで今年中には是非とも行ってみたいです。

撮影:08.05.06

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テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

松代城址(海津城)から徒歩3分。てか寧ろ城下というよりは隣りにある施設群ですな(笑)

真田宝物館
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一言で言えば、真田のお宝屋敷?ってまんまですね(笑)
想像以上に大きな展示館でちょっとビックリ。
関ヶ原で西軍につくわ、大阪で正面から喧嘩売るわ、徳川に楯突いた真田家のお宝資料がこれだけ残ってるのは、徳川方についた信幸がこっそりこっそり真田家のご先祖様から自分達の代以降も、手紙だの資料だのなんだの隠して残しておいてくれたからです。それを代々の御当主が受け継いでくれたので、こうして真田家の歴史がまるっと残って私たちが拝むことが出来てる訳ですよ。流石だ信幸!素敵だわお兄ちゃん!
どんなものがあるかは是非、ご自分の目で確かめて来てください。楽しいですよ〜♪



真田邸
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宝物館の裏、というか隣りなんですが…来年まで工事中だそうですorz
一応庭には入れるんですが、そこかしこに工事中の資材が散乱していて庭園も風情もあったもんじゃないので、来年以降リベンジ必須。残念。

そういやこの門の造り、なんて言うんだっけ?
岐阜城でも確かこれと同じ造りの門を見た気がする〜流行だったのかな?

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宝物館から真田邸、文武学校へ至る町並み。
武家屋敷街のように整備されていて、オマケにあちこちに六文銭があしらってあって目に楽し♪
のんびり散歩もいいかも。



文武学校
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いわゆる藩校ですね。あ、またこの門の形だ。

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左:御役所。右:剣術所。

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左:文学所。右:文学所の隅に転がってた六文銭瓦(笑)。

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御役所の一番奥の間にあった10万石当主の座。恐れ多くて座れません(笑)

ここは幕末期の現存建物です。敷地内には、門の隣りの番所から始まって、文学所&御役所(同じ建物内)、東序教室、西序教室、剣術所、柔術所、弓術所、槍術所、文庫蔵があって、8〜14歳ぐらいまでは勉強中心、15〜35歳ぐらいまでが武芸中心で学んでいたそうです。
剣術、柔術、槍術の建物は微妙に天井の高さだとか部屋の広さだとかが違っていて、ちゃんとそれに合わせた部屋なんだなと。
靴さえ脱げばどこでも入って見学できるので、文学所の広間では村塾や私塾思い出してちょっとテンション上がる(笑)思わず生徒のように正座で座っちゃっいましたよ(笑)

海津城及びこの3箇所近辺は、ぐるっと回るだけで江戸初期から幕末期までの時代の伊吹を感じられる場所だと思いました。長野まで行った折は、ぜひ立ち寄ってみてください。

撮影:08.05.06

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テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

一瞬長野市編とでも銘打とうかと思ったけど、量が多いのでやめました(苦笑)
松代城は、信幸が上田城の後に移封されたお城です。その頃はまだ海津城と呼ばれていたはず。信幸の息子の代で改名したんだったかな?あれ?その前に1回松城って名前になったんだっけ?あーその辺あやふやでスミマセン。
武田軍ファンの方には海津城の方が馴染み深いかもしれませんね。あの川中島の合戦での中心的お城ですから。本当に目前に千曲川が広がる立地で少し驚きました。
ちなみに、石垣を残して他はすべて壊されてしまったので、建物はすべて復元です。

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太鼓門と前橋。

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左:太鼓門前の丸馬出の土塁跡。右:太鼓門正面。
丸馬出は、復元されたであろうこの土塁以外は線路と住宅地に変わってました。
縄張図見てちょっとワクテカしてたので残念。見てみたかったな。

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東側の内堀と二ノ丸跡。
二ノ丸をぐるっと囲んでいる土塁が見事です。正面の土塁の向こう側に千曲川が流れています。

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左:北不明門(城内側)。右:北不明門(二ノ丸側)。
枡形虎口になってるのでふたつでひとつの北不明門。

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上から見るとこんな感じ。復元っぷりが見事です。

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左:本丸海津城址碑。右:戌亥櫓跡。実質の天守閣だったらしい。
江戸時代に切り替わってからは天守閣は造っちゃダメ〜というお達しが出ていたので、各藩共に「これは櫓です」とか「これは寺院です」とかむちゃくちゃな理由つけて誤魔化してたそうな。いや、それバレるだろ。まぁ見てみぬフリしててくれたんでしょうけどね(苦笑)

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戌亥櫓の横から西側にずーっと続く土塁。綺麗に残ってるもんですね。
ちなみに住宅地の後ろに見えるのがあの有名な妻女山。

時間があったら千曲川沿いに残る百間堀の跡や二ノ丸石場門跡にも足を伸ばしてみたかったのですが、それはまた次の楽しみにって事で。その時には妻女山にも是非行ってみたいです。



海津城といえば、初代城主は高坂弾正公ですな。
って事で恒例のご挨拶に伺いに明徳寺まで行って来ました。海津城からは車で10分ほどです。

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高坂さんは26歳で侍大将になり海津城主になった方で、武田信玄・勝頼の親子2代に仕えた、とは今更説明しなくてもほとんどの方は知ってるか(笑)
あの第4回川中島の合戦の後、敵味方の区別無く戦死者を丁重に葬り、それに感銘を受けた謙信がのちに塩不足に困窮した武田に塩を送ったとされています。所謂「敵に塩を送る」の元になったものですね。
そんな良い話も残ってるかと思えば、彼に宛てられたちょっと問題ありのラブレターなんかも残っちゃってる、なんとも不思議な武将です(笑)
興味は尽きませんが…いま武田軍にまで手を伸ばしたら自分の首絞めそうなので保留〜(苦笑)


参考サイト:長野市松代文化施設案内 ・ 長野市風林火山特設サイト
撮影:08.05.06

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テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

真田町編その2です。

長谷寺
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向かって右から昌幸、幸隆、幸隆公夫人の御墓です。
真田家を継いだ信幸が、松代に移封になった時に向こうにも菩提所長国寺を建てて弔っていましたが、旧菩提所であるこの長谷寺もよく管理して、懇ろに弔っていたそうです。さすがは信幸(笑)
私は写真撮り忘れてしまったのですが、ここの総門は建立当時のものがそのまま残っていて、真田の六文銭が入ったアーチ型の大石で出来ている珍しい門です。是非見学してきて下さい。



信綱寺
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長篠の戦いで亡くなった昌幸のお兄ちゃん達のお墓です。向かって右から昌輝、信綱、信綱公夫人。
昌輝の墓は後年建てられたそうな。

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寺の総門前にある桜の木。
長篠の戦いで首級を取られた信綱は、家臣の手によって陣羽織に包まれ大柏山打越寺まで運ばれ、墓前の桜の木の下に葬られたそうです。後に打越寺は信綱の菩提所として信綱寺(しんこうじ)と改名し、墓所は寺の裏山に移されました。そしてこの桜が、墓前の桜です。樹齢400年以上。今も護っているのでしょうか。
ちなみに首級を包んでいた陣羽織は、血染めの陣羽織としてここの宝物殿に今もあるそうです。
陣羽織じたいは、信綱が亡くなった時に着ていた本人のものだとか。

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信綱寺の黒門。
建立当時のものだそうです。ぶっちゃけ解りづらいところにあるので、もし見学に行くのなら古城庵前に車を停めて、その古城庵の裏から回りこんで向かった方が良いかも。山の下の駐車場に停めて見学に行くには坂がけっこうキツイです。



古城緑地広場
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信綱寺の真向かいにある公園ですが…なんですかここ?
説明読んでも理解し難いというか、ぶっちゃけ理解したくないというか(苦笑)
でも憩いの広場なんてそんなもんか(笑)

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花押の石碑は真田家だけ撮影♪って、帰って来てから幸隆忘れてた事に気づいた…orz



砥石(戸石)城址
真田町に入る手前、左方向に砥石城址への案内が現われます。
砥石城といえば、幸隆の砥石崩れが真っ先に思い浮かびます。
武田軍対北信濃の村上軍。結果は幸隆の調略によって砥石城は武田軍に落ち、村上軍は越後の長尾景虎(上杉謙信)を頼って撤退。これを期に川中島の戦いへと時代は流れていくのです。
って事で見学しに行ってきました。
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途中にある道標。この時点で駐車場から10分強の尾根道を登ってきてました。既にしんどい…orz
友人はここでリタイア。引き返して車で待機しててもらいました。

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この坂道を15分。更にロープを伝っての崖登り(に近い道)を5分。

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やっと到着…軽く死ねるorz
写真正面の方向に本城への道標が。地図を確認すると、本城の先にも桝形城があるそうです。
尾根沿いに連なる4つの山城、桝形城、本城、砥石城、米山城を総称して「信濃砥石城群」と呼ぶそうです。ちなみに地図には「登山ルート」の文字が…。雨の日に軽装で登って良い場所ではないな、と遠くを見つめてしまいました…富士山見えるよ富士山(泣)

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真下に見えるのが上田市街地。その手前の緑の小山が米山城址。

教訓、下調べは充分にしましょう。山城登りは晴れた日に行きましょう。
遭難しても大丈夫なように、一緒に山城に登ってくれる体力のある友人と行きましょう…orz
リベンジしたいけど、ちょーっと無理かなぁ…(苦笑)

途中で雨が降ってきちゃったので、日向遺跡や松尾古城に行けなかったのは残念だったけど、楽しく巡る事が出来ました。以外に狭い地域に集中しているので、車で回るんだったら丸1日あれば充分に上田市&真田町を回る事が出来ます。寧ろ時間が余るぐらいなので、真田太平記館なんかも寄ると楽しいかも。
真田町ではお土産を買う場所がほとんどないので、上田城前の観光会館がお薦めです。


参考サイト:真田氏の館三代録
撮影:08.05.05

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上田市から車で15分、いざ、真田氏縁の郷真田町へ。

真田氏記念公園
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真田町の玄関口にあたる交差点、ローソンの向かい側にある小さな公園です。
幸隆、昌幸、幸村の3人のレリーフ像がお出迎え。
真田町全体の史跡・施設案内図があるので確認すると良いかも。



真田氏歴史館
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まずは歴史館でお勉強。展示物が豊富なので必見。
周辺地図やパンフレットも手に入るので頂きましょう。真田関係の資料本も多く取り扱っているので、どれを買ったらいいのか悩んでる方はココで見比べてみると良いかも。私もこっそり2冊ほど購入♪
同じ敷地内にある真田庵では、名物の胡桃味と胡麻味のおはぎが絶品です。
小腹が空いてたので美味しく頂きました♪



真田氏館跡
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左:大手門跡。右:御屋敷公園図。

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左:搦手門跡。右:親水広場側に残る流水堀と土塁。

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敷地内に祀られている皇太神宮。

真田歴史館のすぐ隣りにある広場で、ぐるっと囲まれた土塁の跡は感動ものです。
正直、厩跡とかも確認したかったんですが、実はここ全体がグラウンドゴルフのコースになっていて、いたるところでコースを回っている地元の方々が…平日に行ったら、誰も居ないかな…いや、お年寄りの方々には曜日は関係ないか…orz



真田氏本城跡(松尾城址)。
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左:入り口。本郭のすぐ下まで車で登れます。右:本郭土塁の東側。

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案内図で縄張を確認。

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左:南側からの本郭。石塔が並んでいます。右:北側からの本郭。土塁跡がくっきり。

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左:本丸から見下ろした二ノ郭・三ノ郭。右:三ノ郭への段差から見上げた本郭方面。

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左:二ノ郭から見渡す真田町の風景。右:本郭裏(南側駐車場)から棚引く鯉のぼりの群れ。

歴史館からは車で5分弱。道路が狭いのでお見合い注意。
昌幸が上田城を築城するまで、ここが真田氏の本城だったそうです。平時は真田館で暮らし、戦の時にはこっちに篭ったそうな。
細長い尾根の上に造られた城で、三ノ郭の先や二ノ郭の左右は急な崖になってて、車で乗り入れられる本郭側以外は登れる場所がありません。守りに適した城といえるのではないかと。



オマケ。
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歴史館と真田氏本城跡の間にあるお蕎麦屋さん「佐助」と「真田」。
同行の友人曰くファンの間では有名なそうで(笑)お好きなお店で名物胡桃蕎麦をご堪能あれ♪


参考サイト:真田地域観光サイト
撮影日:08.05.05

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