せっかく春日山城まで行くんだったら、ついでに鮫ヶ尾城址も行っとけー!という訳で予定を組んでたんですが、本来なら一泊した次の日の早朝に鮫ヶ尾城址→春日山城と行く予定だったのに、予定外に前日の長野巡りが早く終ってしまい、4時半にはホテルに到着。でもってホテルから鮫ヶ尾城址は車で10分。天気も良いし日暮れまでには下山(その言葉の時点でおかしい)出来るだろうって事で即決行。
鮫ヶ尾城址に登る入り口が、斐太歴史の里という公園の中にあるのでまずはそこへ移動。
登山道を探していると帰り支度をしている売店のおばさんに声をかけられる。
今から登る旨を伝えると、一度閉めた売店内から城址の配布資料とレモリアを一本持ってきてくれて頂いてしまいました。ありがとうおばさん!頑張って登ってきますね!

まずは案内地図でチェック。……現在地が地図からはみだしてる。

地図に載ってた最初の土塁跡の手前の辺り。
ヤバイ、絶対ヤバイ。でも行くしかない。てか行くけどね!(苦笑)

この本丸あと5分、が大嘘で、急な山道10分強でした。でもって林の中は部分的に真っ暗。
夕方の山は色んな意味でヤバイ。あーでも寧ろ誰も居ない方が女性には安全か(^^;)

景虎清水。よく見ると茶碗やコップがおいてあるんですが…遠慮させて下さい。

けっこう道が入り組んでいます。ちなみに搦手へ向かったら、多分二ノ丸付近だと思うんですが途中で道が消えてましたorz

諦めて三ノ丸方面に足を向けたら井戸に到着。
井戸の横から山の裏側方面の町へ向かう細い道が続いてたけど、これが搦手への道なのかな?
でも山奥へ向かっているので却下。今から行ったら日が落ちて遭難するわ。

標識まで戻って大手道方面に向かおうとしたら、大きな深い堀切にぶちあたる。
向こう側へ行くにはロープを伝って一旦下に降りてまた登る…無理。戻ってくる時に軽く死ねる。体力が残ってて元気な時にリベンジ希望。

やっと本丸跡到着。良い感じに夕暮れです。城下が見えるのかと思えば、手前の連なる小山の林が邪魔で見通しはあまり良くないです。山奥にポツンとある感じ。
こんな寂しい場所にある城で、追い詰められた景虎は自刃したんですね。

大手道側とは逆の米倉側に降りようとしたら、またしても巨大な堀切が。
向こう側に見えるのが米倉の碑だろうな〜とは思いつつも、これ降りたらもう登りたくない、という気持ちの方が勝って、堀切の中をそのまま歩いて下の道に辿り着き、そのまま下山。時間も無くてあまり探索出来なかったので、正味1時間ぐらいでした。
要塞としてはかなり堅固な城だったんだろうな〜というのは、あの堀切の規模の大きさと数で想像がつきます。そのまま立て篭もればもしかしたら北条へ逃げる機会も見出せたのでは?と思えるぐらいですが、城将の堀江氏が裏切って火を放ったために落城。そのまま廃城となった悲運の城です。
とりあえず、全部探索するには午前中から登った方が良いな、と思ったので、また今度再訪したいです。基本、山歩きは好きなんで。
参考サイト:
妙高市公式サイト斐太歴史の里撮影:08.05.06